家守奇譚

昔、滋賀~京都を見学に行った際に、前もってガーデンデザイナーの粋な先輩に勧められた本が梨木香歩さんの“家守奇譚”でした。

小説の舞台がこの辺りで、琵琶湖からの疎水などわかりやすい描写で書かれています。家のサルスベリに惚れられたり、幽霊や河童が出てくるちょっと変わったお話で、文章なのに風情みたいなものが感じられました。

洗い物をしようとしたら、家守がコップにしがみついている姿を見つけ、まさに奇譚の入口にいるような気分になりました。先日仕事中となりで行われていた蝉の羽化等、森では感動だらけです。

植物ひとつ、虫一匹も謎や神秘にあふれていて、それを「知りたい」という気持ちになればいいだけ。まさにセンスオブワンダーで、知りたいという気持ちがあると、あの家守奇譚そのものが極端な小説では無いような気さえしてくる。

家守はとても可愛らしく、奇麗でした。

自然石の加工(t=70mm)

自然石の駐車場

現在作らせていただいているお庭の駐車スペースの石の加工です。何が凄いってこれはタイルや薄い自然石ではなく、幅も1m近い大判で厚みも70mmの特別な石です。これを丸く刳り貫くのに小林はホールソーではなくグラインダーで感覚で行えてしまいます。

位置を出して・・・
切り込みを入れて
削る

もともと器用で、さらにこの道30年という経験もありますが、少しでもずれることのできない円という形で合わせられるのは、これもモノづくりの“センス”だと思います。

攻撃力のセイタカアワダチソウ防御力のススキ

ガーデンにとって味方の虫と敵の虫など

本日は八王子の道の駅で特別講師(やなちゃん)を呼んで雑草や虫の話をしてもらいました。花の話や色の話とは全く違う角度からガーデンや植物に関する話はとても新鮮な情報でした。話も上手!

個人的に面白かったのはセイタカアワダチソウは人が造成した土地にすぐに入り込む機動力、攻撃力が高くて、ススキは密に生えて、一度生えたら譲らない防御力が高いから長い目で見るとこの強い剣と盾の話はススキに軍配が上がるという話。高速道路を走っていると明らかに陣取り合戦を繰り広げているこの両者を戦略別に分析する様子も面白い。虫の話も聞くと愛着まではいかないけど、少しだけ見る目が変わる。なかなか面白い内容でした。

柏のガーデン

昨日は柏で活動している方々のところへお邪魔させていただきましたが、街にガーデンをつくられている方々はたくさんいて、今日の話は誰が聞いても面白いんじゃないかな?と宣伝部長を買って出たい気持ちにさせてくれるようなお話でした。

協調性ある量水器の蓋に。

ガーデンで主張する不自然な“水色”

プラスチックだとなんでこの色なのか理由はまだわかりませんが、植栽の間にあるとこっちに目がいってしまいます。鉄製の蓋は結構金額もするし、書いてあることが変わってしまうのもいけないので、嫌だなあと。

塗りますか?と聞くと行動力のあるオーナーは水道局に塗っても良いか確認までとってくれて、蓋を洗ってから例の塗料で塗ります。

青を黒に塗った蓋

水色の主張はなくなり、協調性のある蓋に変身しました!

色を揃えるだけで。

アイアン施工の現場に機能重視で選んだサイクルスタンド

極論、「美しい」って光の調和だなって最近思います。この光の中には色という意味もあるし、フォルムによる光の変化も含み、調和の中には対照の調和、コントラストとかも含みます。

今の現場では機能として必要で選んだステンレスのサイクルスタンドがありますが、昨日色の調節を行いました。

アイアンと近似の表情に
おお。アイアンに見える
相変わらず凄い塗料です

そして、昨日虫の話を書いたからか、突然蝉の幼虫がてくてくやってきて、仕事の横で羽化?し始めました。昨日あんなブログを書いた手前、気持ち悪いとは言えずに観察をする事に。

人生の59/60を土の中で過ごし、最後の一ヶ月だけ外に出るって、凄い話だなぁって感動してしまいます。ここからは私の妄想ですが、きっと蝉は本来土の中の生き物で、たまたま見た空に憧れて、、、、憧れて憧れて羽を手にしたのでは無いでしょうか?そのためには、実に59/60は力を貯め続けて、貯め続けて、そして羽化する。それでも残った蝉の力はごくわずか。

空に憧れてこの一瞬に全てをかけるような、人生のほぼ全てという大きすぎる代償を支払ってでも飛びたかった刹那の人生。

短時間でこれだけ身体を変化させるには実際相当のエネルギーを使っていると思います。体の大きささえ相当変わっていましたよ!

この蝉はイカロスと名付ける事にしました。これで、コンビニでて急にジジジとなっても、前よりは飛び跳ねなくて済みそうです。

ちなみに、スタッフNは怖がることなくテンションアゲアゲで撮影しまくりです。強い。

あれ?なんの話だったっけ。

虫や雑草も好きになると庭がもっと楽しくなる!?

ラムズイヤーの群集美

植物が群になると色や形の調和や自生地のような安心感も生まれて、まさに群集美という美しさが発揮されます。

これに対してアブラムシのように、虫が群でいると、色も形も調和するはずなのに、未知への恐怖が数の分だけ増幅されてしまいます。

でも、実は虫に対する“怖い”とか“嫌い”という考えは全て“知らない”から来ているのです。今でこそ国際社会ですが、長い鎖国の後、今から約150年前に黒船がやって来て見たことない髪の色の人間たちがぞろぞろと降り立ったのを見た当時の人は、さぞ怖かったでしょう。それこそ未知との遭遇です。

虫に対しても同じような事が言えて、虫たちが、人を刺すのか?植物をダメにしてしまうのか?実は害虫ではなく益虫なのか?なにもかも知らないと恐怖だけが残ります。

雑草も、育てていない植物が雑草という意味で言えばエノコロ草が売られている国があったり、ポールスミザーさんは普通のチカラシバ(ペニセタム)を上手に植栽につかったり、実は可愛い花を咲かせるものもあったり、知ると意外に“アリ”というジャッジになる事すらあります。

何が言いたいかというと、八王子のボランティアさん達と勉強会を企画していて、8/30に歩く植物図鑑と言われる柳下さんを講師に迎え、虫と雑草の話をしてもらいます。柳下さんは私と、18からの付き合いで同じ歳ですが、植物に対して師匠的な存在でもあり、虫や爬虫類に対する知識もずば抜けています。さかなくんの、虫、爬虫類、植物くん状態です。無双です。

たしか柳下さんの好きな言葉は、「蓼食う虫も好き好き」人の評価に流される事なく、ぶれない価値観を持った素敵な人です。

今回は市との企画でボランティアさんと八王子にお住いの方という位置づけになりそうですが、私もしっかり勉強してきて面白い話はフィードバックできるようにしてきます^^

虫も雑草も毛嫌いしないでまずは相手を知ると、考え方を変えられる部分もあるかもしれません。もしかしたら、虫や雑草の話だけでなく人間関係や、外交問題も同じことが言えるかも!?

ディテールのせめぎ合い

テイカカズラの葉をすり抜けて事務所にやってくる光達

昨年作った写真のテーブル、実は設計段階では天板がフチのLアングルの中にすっぽり納まるデザインでした。事務所の水場件、棚などは全てこの作り方です。溶接まですっかり終わっている段階でしたが、その姿を見て、あれ??何か違うって感じでした。フレームの中に木を収めると、鉄のラインが強調されすっきりとした印象ですが、せっかくバーンウッド風にエイジングした木材の良さも鉄のラインにしまわれてしまった感じです。

最初から気づくべきだった。

天板を大きくはできないので、鉄をサイズ変更で、切り、短くして溶接しなおしです。結果、一気に色のバランスまで良くなったようです。比率で言うと2%とか、3%白が減り、ベージュが増えたぐらいなものですが、見た目の良さは200%にUPです。

とてもとても細かいディテールの話ですが、事務所のテーブルは、そんなディテールの積み重ねで空間は大きく変わってくるものだなと毎日思い出すことができる、自分にとって“戒め”のテーブルでもあります。

自然は真空を嫌う

ジンクリッチ塗装の状態

アトリエでは、かつてない量のアイアン製品が製作されています。昨年辺りから人数少ないながらも、新たな縁や、それぞれのスキルアップで仕事をできる量が少しづつ増えてきているなあ・・・と思っていて、その分ちゃんと仕事が増えたらいいなと思っていたら、その分以上のお話をいただいております。

ありがとうございます<m(__)m>

同年代の仲間、横のつながりと、上から引っ張ってもらう力、そして下から支えてもらう力がかみ合うと仕事や成長はうまく行くと言いますが、アトリエ朴の場合、本当に上の方に良くしてもらってきましたし、横のつながりにも恵まれていました。今は若い力も加わってさあ、みんなで頑張ろう!!という状態です。

体調管理には気を付けながら、みんなで苦しみと楽しみを味わって一現場ごとに「格好良いね!」と笑顔で言えるよう頑張っていきたいと思います。

コトワザやメイゲン

こう見えて、小学生のころなぜかことわざが好きでした。 祖母から誕生日にもらった「ことわざ辞典」を何度も読んでいた気がします。(中身はだいぶ忘れてしまいました) そして、子供ながらに宗教がたくさんある事が不思議で、むしろ先人たちの素朴な?教えであることわざという言葉の中にこそ「神」がいるようにすら思っていました。

あれから30年の時を経て、答え合わせのように人生を歩み、すごく腑に落ちる言葉もいくつかありました。その一つが、ことわざではないかもしれないけど、上の言葉です。

言葉≠行動 これは、わりと当たり前で、嘘をついているわけでなく、想いが行動になるスピードと、想いが言葉に整理されるスピードが必ずしも一緒ではない。言葉が先に整理され、喋りが達者になる人もいれば、凄い事ができているのにまだ論理的には説明できない、みたいな事も多々あるかと思います。

でも、言葉と行動では行動の方が素直に想いが出ると思います。それも、長期的にみれば想いと違う行動は難しいかと思います。

自分の想いと行動と言葉も客観的に見つめなおしたいなあとふと思いました。

眺める庭

昔の庭園は、観賞庭園で、だいたいが客間からの眺めを重視して作られていたそう。今は観賞目的もあるけど実用性が求められてきている。

じゃあ、観賞目的だけで見た目重視で作れたら今より簡単かというと、逆に難しい部分もあると思う。

水槽や、火や波はなぜだかずっと見ていられるけど、動かない景色はずっとは眺めていられない。きっと1分もすれば飽きてしまう。

それを、客間からの眺め、つまりはステータス的な役目も果たすモノが庭だったという事は、いろんな工夫があったと思う。

流れもその一つだし、江戸時代の造園の本に書かれている手法に「灯障りの木」という役木のテクニックが書かれていて、これは灯篭の傍に木を植えなさいと言うもの。そしてその木は松みたいに硬い木ではなく、ヤマブキなどやわらかい枝を持つもの。つまり、風でそよぐと、灯りが映す“影”も揺らぐものを植えなさいという事。

シンプル故に奥深く、こんな粋な計らいは、灯篭がガーデンライトに変わろうとも真似できるテクニックで、どんどん真似していくつもりです。

バタフライガーデンしかり、鳥を呼ぶ庭しかり、眺めを考えるという事は、動きを考えるという事なのかもしれないですね。

Rose Chinensis var. Vilridiflora

“グリーンローズ”

植物の主たる目的は種の繁栄。

でも、この子は花を咲かせて種をつくる事よりも自らの成長に全ての力を注ぎこむべく?花でまで光合成をしようとしている。

極めて貪欲。

結果、個性ある姿が人気で、自ら種をつくらずとも、人々が栄養繁殖させて種の繁栄ならぬ個の繁栄を実現させている。

革命児のようなバラ。

葉のような花は控えめで派手好きの人からは認めてもらえないけど、冬に赤く色づく姿は、虚を突かれる。

生き方まで含めると一番美しいバラなのかもしれない。雌しべ、雄しべを退化させたアバンギャルドなバラである。

ようは、お勧めのバラです!

植物の方が優れていると思う

地球もきれいな球体ではないらしいです(バオバブの実)

植物の方がずっと長く地球上に存在していて、

植物の方がうまく地球と付き合っている。

黄金比の説明にも良く出てくるシダの芽出し

ある意味、レオナルドダビンチより数学、物理、アートと多岐に渡り優れていて、最も効果的な葉の展開方法まで、計算しつくしている。

彼ら(彼女)はこれほど優れているのに、急激な進化や、変化、他の動物などへの攻撃を最小限にとどめているのはなぜだろう。

美しすぎる斑入りバナナ

きっと、急激な進化や変化、攻撃がもたらすものまでわかっているからかもしれない。

自然崇拝を語りたいわけでもないけど、機能などの価値とともに、美しさの価値をデザイナーとして考えた時も植物にはなかなか敵わないなって。

もし自分がプロダクトデザインをしていたとしたら、植物に寄せていくデザインばかりになりそうな気がする。

そんな中、自分の行っている植物を使った空間デザインって考えようによっては凄く特殊で、植物に寄せるもなにも、“植物”を扱える。逆に言うと、扱わなくてはいけないというこわささえ覚える。

まるで、尊敬する師匠に指示しなければいけないようなこわさ。

うわべだけじゃ無くてちゃんと植物の声を聞けるようなデザイナーになりたい。